Angling誌 2000年11月号 「この人この釣り」 第3回 鈴木文雄さん より抜粋
文:伊藤 裕氏(Angling誌元編集長)

アングリングが他の釣り雑誌に対して自慢できる部分はいくつもあるが、
中でも「世界で一番ジャイアントトレバリーが掲載されている」
というのは、その最たるもののひとつ。その事を考えると、
編集長としては誰がどう思うかは別にしてニンマリしてしまうのだ。
毎号、当たり前のように掲載されている
30kgオーバーのGTを釣るのは、簡単なことではない。
で、アングリングでGTといえば、なんといっても鈴木文雄さんなのである。
 私たちが日常的に接する鈴木文雄さんは、あくまでもソルトウォーターの大物狙いのアングラーであり、その大物の中でももっとも難しく、しかも豪快とされるGTフィッシングのスペシャリストである。だから、ミッドウェイが解禁になり、しかも相当大きなGTが釣れる可能性があるということがさまざまな情報から推測された時、鈴木文雄さんに取材をお願いするのはごく当然の成り行きだった。そして、結果として50kg近い特大のGTを釣ってきてくれた。「さすがあの時は緊張したし、釣れて良かったという安堵の気持ちを味わいました。いまだにあの時に釣れたGTの顔は覚えていますし、その時の興奮は忘れていません」
 過去に何度もGTを釣ってきた鈴木さんだが、ミッドウェイでのゲームはやはり特別なものだったようだ。
 ところで、その結果を誌面に掲戦する時、私は通常の釣行記事の他にもうひとつの原稿を依頼した。いわゆる「GTフィッシングのハゥトゥー」的な内容の原稿をお願いしたわけで、これは読者に対してその戦略について具体的に示すことで、取材そのものの臨場感を出したかったからである。
 その記事は私の依頼通り、いや依頼以上にミッドウェイにおけるGTフィッシングの戦略について具体的に書かれていたが、中でも印象的だったのは、道具に関する内容である。
ミッドウェイのGTを釣るために必要なロッドとは、フックとは、ラインとはと道具に関する蘊蓄を細かに書いてあるその記事は、実は多くのタックルメーカーのデザイナーにとってかなり参考になったのではないかと、私は密かに思っているのだが、なんのことはない、鈴木さんはフィッシャーマンという、主にソルトウォーターフィッシングのロッドやルアーなどを作っているメーカーの代表者であり、新しい釣りをする場合、その釣りを万全なものにするために道具の開発を行うというということは、彼にとってはごくごく自然な行動だったのである。
 大物狙いの第一人者、GTのスペシャリストという鈴木文雄さんは、そうした肩書きと併行して、大物を釣るために必要な道具の開発をする人でもある。だから彼にとって海は、自分が開発した道具のテストの場となってしまうのである。



 ただし、最初から作った道具が右から左に飛ぶように売れたという訳ではない。なにしろ一からすべてを始めなければならない。ルアーを設計してもそれを作るための工具が必要だし、生産性を高めるための努力から始めなければならなかったからだ。
 生産性を高めるという行為は、いうなれば釣具メーカーとしてのきちんとした基盤を作るということ。
たとえばルアーにしてもハンドメイドルアーを1個1個作ってちょっとしたこづかいを得たり、自分が食えるだけの最低限の収入が得られればいいというものではない。  「しかし、だからといってベルトコンベアー式のやり方というのとはちょっと違うんですね。きちんとした流通経路を通してできるだけ多くの製品を販売したいんですが、道具の品質は自分で納得がいく最高のものを提供したいということはあったんです」  たとえばロッド1本にしても専門の人間がプライドをもってガイドを取り付けているし、それ以前にブランクの品質にも徹底的にこだわる。鈴木さんからそんな話を聞くと、私はポルシェというスポーツカーメーカーの会社のあり方や哲学を思い浮かべずにはいられない。  ポルシェというのはいうまでもなく、第一級のスポーツカーメーカーである。しかし、量産しているとはいうものの、その生産台数はたとえば同じ国で発売されているフォルクスワーゲンとは明らかに違う。
 この両者は同じ自動車メーカーでありながら、ポルシェが特定の顧客(スポーツカーが大好きで経済的に余裕がある人)に限られているのに対し、ワーゲンの場合は万人が対象、技術的な面ではポルシェはあくまでも性能を追求し、しかもある部分に関してはまるで我が道を行くといわんばかりの個性的な設計を施しているのに対し(それがポルシェという車の個性を形成しているケースが多い)、ワーゲンの場合には一般的な技術を駆使して、できるだけ高性能の車を作ることを命題としている。  鈴木さんの道具に対する考え方というのは、車も釣具も変わらない。車と釣具では機械としてその構造があまりにも違うが、その性能を売るということ、そしてその性能が高水準であるということ、そしてなによりも個性的でありながら多くの人がそのよさを認めるような製品を開発するというところが、ポルシェとそっくりなのである。

 鈴木さんは東京を離れて石垣島でタックルメーカーを起業したわけだが、しかしアングラーとして、GTフィッシングに関する研究も相当のものであった。
 「ガイドサービスを始めるに当たって石垣、西表、波照間の海を徹底的に調査したんです。それこそGTのポイントをひとつひとつ探して行ったという感じです」
 GTは職漁の対象魚ではないし、それまで石垣で本格的にGTの調査をしたガイドはいない。だから、この作業も一歩ずつ、本当に一歩ずつ進めて行くことになる。
 海に出られる日はほぼ毎日、鈴木さんは海図を片手に海に出た。潮の具合、天候、季節、そういった環境を支配するさまざまな要因とGTの行動を照らし合わせながら、糸を紡ぐように石垣の海を理解していったのである。
 鈴木さんが石垣周辺の海でGTを釣らせる場合、独自のルールにのっとって行う。たとえばルアーをバーブレスにしたり、かならずリリースさせたり、ある期間は禁漁にするといった類である。
 現在、日本で、あるいは海外で行われているGTゲームは、そのほとんどが大型のボートで行われている。GTが釣れる海域まで何時間もかけて船を走らせ、ビッグワンを釣るためにルアーをキャストするといった展開のゲームに、今やだれも疑問をもたなくなっている。
 「私自身そういうゲームを体験していますし、否定するつもりはありません。でもGTフィッシングというのは、本当は小型のボートで海に出て、自分の経験と判断、そして勘でGTを探し繊細な戦略を組み立てて行う優雅なゲームなんです」
 鈴木さんはおそらく世界で一番多くのGTを釣っているアングラーである。GTを釣るために、ソルトウォーターの釣りに関して自分なりの解答を得るために、これまでの人生の中でさまざまなリスクを冒した。もちろん多くの人たちの支援は
受けたが、借りがあるわけではない。だからこそ得たものの真実性が、素人の私にも分かる。
 鈴木さんと話しをしている傍らで、フィッシャーマンのスタッフたちがロッドの仕上げの作業を行っている。「私はデザイナー。なにかを発想し、工夫し設計するのが仕事です。スタッフは職人気質。私の意図を正確に把握して、製作に関する実際の作業を行っていく。意識してこうなったわけではないですが、なかなかいいチームだと思っています」
 タックルの性能に関して判断するのは一般のアングラー。だから鈴木さんは、「お客さんはフィールドテスターなんです。お客さんはさまざま。初めて釣りをする人、それなりの経験を積んでいる人、腕力がある人、体力がない人、経済的に余裕がある人、経済的に余裕はないけどとにかく釣りが好きだという人・・・・・。いろいろな人の話を聞いて、それに対応するようなかたちで仕事をしていくというのが、ウチの姿勢なんです。」という。